なぞにみちた宇宙時代の、夢あふれる冒険の物語――
創作子どもSF全集(国土社)



第3巻 宇宙バス
 

(香山 美子・著/小林 与志・絵)
(1965年3月25日発行)



(あらすじ)

 世界中の人口が、たった30年で倍になってしまい、地球上は人であふれています。

 タツオくんの住んでいる団地のおとなりさんのミズタニさんが引っ越してから1か月、まだ誰も引っ越してこず、空いたままでした。いつもはすぐ引っ越してくるのに、おかしなことだとタツオくんの両親は思っています。

 そんな時、大きなビルディングの広い部屋で、この国の首相や長官たちが重要な会議を開いていました。
 首相が決を取り、日本は、A・A・A計画に参加し、協力することが国際宇宙局に通告されることになります。

 それからしばらくたった頃、タツオくんは毎日、どこかの町の夢を見るようになります。広くて、森や池のある、自然に恵まれた町です。タツオくんはその町が気に入り、楽しく遊びます。
 驚いたことに、タツオくんのママやパパまでが、毎日その町の夢を見ているのです。
 そして、そのうちに、夢に見ている町のほうが、現実にある場所のように思われてくるのです。

 そのころ、首相や長官たちは、また、特別会議を開いていました。

「A・A・A計画は、無事、準備の段階を終了しました」

 さて、タツオくんの団地では、自治会が主催する9月9日のブドウがりが近づいてきました。
 タツオくんは数日前から楽しみにしています。
 明日はブドウがりという前夜、タツオくんが夜空を見上げると、宇宙ステーションのような、うすあかるい物体がうかんでいたのです。

 次の日、朝8時に団地を出発したブドウがりのバスは、大変な騒ぎでした。タツオくんと同じように、ゆうべ、宇宙ステーションを見たという人がたくさんいたからです。
 さらに、バスに乗っている団地の住人全員が、同じ町の夢を毎日見ていることが分かり、バスの中はしんとしてしまいます。

 それでも楽しくブドウがりは終わり、午後3時30分、バスはブドウ園を出て団地に向かい、途中、高速道路で事故があって、住み慣れた団地に着いたときはもう真っ暗でした。

 次の日、学校に向かったタツオくんは、家の外が住み慣れた町ではなく、夢の中で見た自然豊かな町に変わっていることに気付きます。パパや団地の他の住人も騒ぎ出し、集会所に集まります。
 そして、政府の重大発表がテレビやラジオで始まるのです。 

……人工地球―地球二号は太陽の周りに楕円を描いてまわり、地球と同じ速さで自転を始めた。地球の人口は、30年前とほぼ同じ人口構成で、宇宙に二つに分けられた。国際宇宙局は、第三号、第四号の人工地球を、B・B・B計画、C・C・C計画として開発すると発表している……。

 しかしタツオくんはその発表を聞いていませんでした。
 タツオくんは、じっとみていました。
 ゆめのはじっこ、だれのゆめにも、まだみられなかった所でした。なんという、はるかな、それはひろさだったでしょう。右にも、左にも、いつでも、どんなことにでもつくることができるひろさが、待っているのです。ゆめのむこうに、ゆめではないものをつくるものを。


 

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(書評:あの頃、日本には未来への希望と科学への信頼があった!
            高度成長期のエネルギーあふれる意欲作!!)

 この本は、てのり文庫にも収録されています(1990年2月8日初版)。

 
宇宙バス
著者:香山美子 / 岩淵慶造
出版社:国土社
本体価格:485円

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 ちなみに、旧版では、引っ越しするミズタニさんの部屋の中の描写が「ステレオがあるし、カラーテレビと、小さいテレビと、テレビが二つもあるし、……」となっているところが、てのり文庫版では、「ビデオがあるし、レーザーディスクがあるし、パソコン、大型テレビ、……」と書き直されています。

 それはともかくとして、今回この作品を読んでみると、小学生の頃、学校図書館で読んだことがかすかに思い出されました。ところどころ記憶の断片が残っていたのです。このように子どもの頃読んだ本を読み返すのも楽しいことではないでしょうか。

 なんといってもこの本で面白いのは、みんな同じところの夢を毎日見るというアイディアです。
 私は子どもの頃、夢というのは不思議なものだと漠然と考えていました。皆さんはどうでしたか?
 それが毎日同じ夢を、それも周囲の人と同じ夢を見るというのは、なんと不思議なアイディアでしょう。
 子ども心にわくわくしたものを与えるアイディアです。

 さらに、知らない間に周囲の人と一緒に宇宙ステーションに引っ越しさせられるというスケールの大きいアイディア。
 さすがの本格推理小説の密室トリックでも桁が違います。
 こういったようなスケールの大きさがこの作品の、そしてSFの魅力でしょう。
 このようなところが私の記憶にもかすかに残っていたのかもしれません。
「宇宙バス」という変わった題名は、人々を宇宙ステーションに送り届けたロケットの名前だったのです。

 ただ、よく考えて突っ込んでみると、大勢の人々を知らないうちに一度に宇宙ステーションに送るというのは、難しいことではないでしょうか。タツオくんたちはブドウがりに行ったついでに送られてしまいましたが、その日、人々はうまいぐあいに近所の人とバスで遠足に行ったのでしょうか。何らかの都合で遠足に行かなかった人は残されたのでしょうか。マイカーで家族単位で遠足に行った人は?大気圏を突破して宇宙に出るのは大きなショックがかかるのでは?
 そこら辺突っ込むのは野暮なことで、ここではタツオくん達中心に考えましょう。

 この本を今読んでみると、未来や科学に希望をもっていた当時の熱気が伝わってきます。
 30年経った現在、科学は少し進んだような気がします。
 しかし、宇宙開発は思ったほど進んでいないし、癌の克服すらできていないのです。

 かつて、この本を読んで心躍らせた子どもたちは、今でも未来や科学に対する希望を持ち続けているのでしょうか。
 実は、私自身は、最近、未来や科学に対する希望を失いつつあったことに気付いたのです。
 そのようなことに気付いたことがこのHPを作るきっかけとなったわけですが。

 この本のラストシーン、いいですね。夢のはじっこを見に来たタツオくん。
 その目の前には、彼の未来を象徴するかのような真っ白な道が永遠に続いています。
 夢のはじっこ、いいですね。

 私も子どもの頃、宇宙の果てがどうなっているのかすごく気になっていました。
 こういった、子どもの好奇心をくすぐるキーワードがちりばめられているのがこの物語のすごいところです。 

 夢と希望を持って未来を造っていくバイタリティあふれる子ども。
 当時、このような子どもが当たり前ではなかったでしょうか。
 私自身ですら、未来は良くなるものと思っていたのです。
 それが成長するに及んで、いつから悲観的になっていたのでしょうか。
 そして今の子どもたちはどうなのでしょうか。タツオくんのように、元気に輝いているのでしょうか。

 30年たって希望を失いつつあるのは、子どもや大人だけではありません。政治もだめになったのではないでしょうか。
 この本に描かれている日本の首相や長官たちは迷いながらも国民のことを考えて一生懸命仕事をしていました。当時はまだこういった政治家を描くことができたのです。
 しかし、30年を経て、連日化けの皮がはがれているあのような政治家(政治屋?)達から、この物語に登場する政治家の姿は想像できません。
 面白いことに、てのり文庫版では削除されていますが、旧版では、首相がゴルフが好きということになっています。会議の後でゴルフを一緒にする約束をしている長官が、「今日のゴルフはどうなるんだろう」と考えますが、真剣そうな首相の表情に言い出せず、会議は進行します。
 ここに描かれている首相と、自国の多くの若者が外国の軍隊に虐殺されてもゴルフを止めなかった30年後の某首相と比べてみると、希望が持てない現在の日本を象徴するようではないですか。

 この物語のすばらしい所は、ストーリーやアイディアだけではありません。
 深く考えさせるところもあって、読書によって深い思考力が鍛えられるという、読書の見本のような本です。
 それはタツオくんのパパの問題提起に端的に現れています。

 タツオくんのパパは、政府が重大発表した後で、政府はこんな大事なことを国民に相談するべきだったと批判するのです。そうすると、信号のなくなった交差点のように世の中はストップし、その混乱の間にもっと人口が増えて海にこぼれはじめるかもしれないが、それでも相談するべきだった、民主主義は時間がかかる。個人の犠牲も必要とする、と主張します。

 これに対してタツオくんのママは否定的で、タツオくんは夢のはじっこを見に行っていて議論すら聞いていません。
 理屈家のパパ、政府お任せのママ、現実が大事なタツオくんと、三者三様の態度が面白いですね。
 子どもの頃の私なら、パパの屁理屈にうんざりしていたでしょうが、最近の私は、パパのような考えも大事なことだと思うようになっています。これは成長でしょうか、単に理屈家になっただけでしょうか?
 作者の香山さんは、どういったつもりでこのエピソードを挿入したのでしょうか。子ども向けのお話ながら、深いものがある。

 何だか現在や未来の日本に悲観的なことばかり書いてしまいました。ともすれば私はこうなってしまうのです。このような悲観的なことを忘れるために、子どもの頃の希望に満ちたSFを読み返しているのですが……。次回からはもっと明るく行きます!

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