キミの友達も体験している――
SFベストセラーズ(鶴書房)
なぞの転校生
眉村卓・作
武部本一郎・絵
★(あらすじ)★
中学2年生の岩田広一のクラスに、山沢典夫という転校生が来た。
整った顔立ち、引き締まった筋肉の、ギリシア彫刻を思わせるような美少年である。
「趣味は別にありません。得意学科というものもありません。それから乱暴な人はきらいです。僕はこの世界――いや、この大阪で、できるだけ皆と仲よくやっていきたいと思っています……」
この典夫という転校生、ノートひとつとらずに、どんな質問を受けても楽々と答え、スポーツは万能ときている上に、誰もがはっとするくらいの美少年であって、すっかりクラスの人気者となった。おかげで、それまでクラスをリードしてきた広一の影はすっかり薄くなってしまった。
しかし、典夫にはどこか神経質な所があった。雨の中に含まれている放射能を異常に怖がったこともその一つである。
「あの雨の中には原水爆実験による放射能が含まれている……ぼくは、それがこわいんだ……致命的なんだ……。」
「な、この世界でいちばんこわいのはなんだ?それは科学のいきすぎによる人類の自滅じゃないか……みんな、気にしていないらしいが、雨の中の放射能だって、どれだけおそろしいものか……それを考えたことはないのか。」
広一のいる阿南中学には、典夫と同じような美形の天才少年・少女が、3年に2人、1年にも2人、典夫と同じ日に転校して来ていた。彼らも典夫と同じような謎の雰囲気を持っていた。
彼らは運動会の最中、ジェット機の音に驚いて逃げ出すという騒動を起こす。
「みんな、知らないんだ。こわさを知らないんだ」
「原子爆弾……水爆……ニュートロン爆弾……ミサイル……そんな、いつ頭の上でばくはつするかわからない世界に住んでいて、よくそれだけ平気でいられますね。このD-15世界じゃ、なるほど少しばかり科学の発達はおくれています。が、どうせ時間の問題なんだ……おそかれ早かれ、核戦争はおこるんだ……ぼくたちは、ここなら核戦争はおこらずにすむと思ったのに……。」
やがて、彼らと同じような少年少女が、小学校や高校を含めた大阪市内の学校に同じ日に転校してきていて、色々な事件を起こしていることが分かり、新聞も記事にし始める。
“大阪に出現した天才少年少女”“まったくのなぞ”“常識では説明できないかずかずの行動”
……と、最近大阪に移ってきた少年少女が、普通では考えられないような優れた頭脳と運動神経を持っていること。その正体については誰も知らないということが、色んな実例とともに記されていた。
そんな折、典夫が一人で家にいる時、記者が侵入し、部屋の中の写真を撮りまくったため、典夫はレーザーガンで記者を撃ち、大騒動となる。広一がひとまずその場を収め、典夫は父親と一緒に事後処理に当たる。
「ぼくの失策で、仲間はもうこの世界にはいられない……でも、きみのことは決して忘れないよ」
典夫は、その夜9時に団地の屋上で説明する、と約束する。
その夜9時、団地の屋上で広一が待っていると、直径2メートルぐらいの球状の次元移動マシーンが現れ、中から典夫とその父親が出てくる。
彼らは、パラレルワールドを渡り歩いている次元ジプシーであったのだ。
宇宙というのは一つだけではない。限りなく重なり合い交錯しながら同時に存在している。それがパラレルワールドである。
典夫たちのもといた世界は、高度に進んだ戦争のために壊滅してしまったため、次元移動マシーンを使って次元を渡り歩いていたのである。
次元移動マシーンは、第四の軸を通って別の世界に移ることができるマシーン。だが時間は第五の軸らしく、時間を越えることはできず、別の次元・別の世界に移ることしかできない。
「しかし、無限にあるいろんな地球の歴史は少しの進みかたのずれはあっても、けっきょく全滅戦争をはじめる。……そのたびにわたしたちは逃げまわっているのです。平和な世界、安心して住める世界をさがして……。」
彼らはまた仲間達と一緒にこのD-15世界を離れてD-26世界に移住しようとしていた。典夫はまだこの世界に未練があるようである。広一は、彼ら戦争を恐れて逃げ回っている人たちを何とかしてここに安住させようと、典夫の父親を説得しようとする。
「それで最後にどうなるんですか?」
「そういうふうにつぎからつぎへと別の世界に移っていって、それでおしまいにはどこか理想の世界を見つけるんですか?」
「ねえ、理想の世界なんてものはほんとうにあるんでしょうか?住む人の心もちしだいで、どうにもなるんじゃないでしょうか?」
「理想の世界なんてどこにもないんじゃないでしょうか。ぼくはそう思います。いや、そう思わないと、ぼくたちのようにこの世界でしか生きられない人間は、いつまでたっても救われないんじゃないでしょうか。典夫くんやみんなは、なまじっか次元から次元へ移れるから、よりごのみをしてしまうんです。そうじゃないでしょうか。」
その説得は典夫の父親を感動させるが、もう全ての手続きは終わっており、彼らはもうみんな、D-26世界の住人になっていた。今から引き返すことはできないと、彼らは次元移動マシーンに乗って去っていく。
進級が近づいた三学期、広一とクラスメイトの香川みどりが学校の早朝補習に登校すると、教室の教壇の下に、ぼろぼろの服を着た典夫が倒れていた。
意識を取り戻した典夫の説明によると、次元ジプシーは、典夫たち以外にもおり、D-26世界ではそういった次元ジプシーを狩り立てることで闘争本能を満足させていたのである。典夫たちも襲われ、ばらばらになって、典夫だけこの世界に逃げてきたのである。
やがて、典夫の両親や他の次元ジプシーもこの世界に逃げてくる。典夫の父親は、この世界に永住することを表明する。
「わたしたちのしなければならないことは時代を逆行させたり、逃げまわったりすることではなく、勇気をもって未来に立ちむかい、わたしたち自身のための未来をつくりあげること、最終戦争の恐怖におびえる前に、なんとかしてみんなで最終戦争が起こらないよう、力をあわせること……これだったんですね。いや、そうでなければならないんです。」
「もちろんこの世界にもいろんな矛盾や気違いめいたことがたくさんありますよ。それに、うっかりするとわたしたちの未来はまっくらのように思えることがあるのもほんとうのことです。でもね、みんなそれでもがんばっている。なんとかして自分たちの手でよい未来をつくろうとして生きている……。この岩田くんのようにね。これですよ。これがあるかぎり、この世界はだいじょうぶです。いや、そうじゃない、わたしたちもそうして生きなければならないんです。負けないで、みんなで手をとりあってやりぬくこと。いまの与えられた問題に全力でたちむかうファイトを失わないこと、これですよ。……わたしたちはここに永住したいと思います。」
典夫たち次元ジプシーをどうするかということについて、激しい論議が巻き起こったが、結局のところ、彼らを日本国民として待遇することに決まった。そして典夫は、父親の仕事の関係で東京に転校していく……。
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★(書評:勇気をもって立ち向かい、未来を作れ!
人生全般に通じるパラレルワールドSF!!)★
そうか。逃げちゃいけないんだな。それでは私もこの世界に腰を落ち着けよう。実は私も次元ジプシーなのです……、というのは冗談です。
しかし、パラレルワールドが存在するのなら、次元ジプシーが存在していても不思議ではない。これはなかなか興味深いアイディアだ。ひょっとしたら、私達の身の回りにもいるかもしれませんよ。
この本は、私が小学生から中学生の間に買って、何度も読み返したはずですが、あらすじなどはすっかり忘れていました。
今回読み返してみて、改めてこの物語のすばらしさに気付きました。
このSFでは、パラレルワールドという概念が出てきます。
別のパラレルワールドに逃げても解決にはならない、未来は自分達で努力して作っていくものだ、というメッセージが読み取れます。
この物語を読んだ当時、さっと通り過ぎたストーリーですが、パラレルワールドに関心がある現在、実に面白いテーマです。
私はこのHPの「果てしなき多元宇宙」の項目で、SF的人生論・パラレルワールド理論による成功哲学、というようなものを展開しました。これは別に消極的なものではなく、積極的に未来を変えていこう、というものだと思うのですが、ともかく私には、もっとましなパラレルワールドに逃げ出したい、という願望があるのです。
そういった逃避願望に、逃げるな、立ち向かえ、ということを、このSFは教えてくれます。
パラレルワールドに限りませんね。人生には、逃げ出したいという願望が繰り返し出てきます。学校や職業など……。逃げることではなく、立ち向かうこと。ジュニア向けSFながら、結構人生全般に通じるテーマを扱っています。
またこの物語は、受検や勉強にも力を入れながらも中学生としての生活も楽しむ、という、勉強も生活も全力で取り組む中学生の生活や心情が生き生きと描かれています。特に主人公の岩田広一やヒロインの香川みどりなどは、頑張り屋です。進学率のいい公立中学を舞台としているからか。眉村卓のジュニア向けSFによく登場する、こういった模範的な主人公は現在ではあまり見ることはできませんが、いいですね。
現在の風潮では、ドラマや小説やマンガにしろプロレスにしろ、何だかヒール的なキャラクター、露悪的なストーリーが受ける傾向がありますが、こういった、まじめに取り組んでいるキャラクターにもスポットが当たって欲しいですね。
ただ、香川みどりの浮気性には笑いました。それまでは広一に好意を持っていたのに、典夫がやってきてからは典夫に乗り換え、典夫の勝手な行動をたしなめる広一を批判したりします。
一方、広一はみどりの浮気に嫉妬を覚えながらも、典夫には公平な態度で臨み、守ろうとします。どこまでも優等生なんだ。
このような主人公、現在のジュニア向け小説やマンガでも存在するでしょうか。
また、典夫もわがままな所があります。自分が記者を大怪我させて、仲間をこのD-15世界にいられなくしたくせに、いざ出発となると、この世界に残りたい、と言い出すんだから。
この巻の福島正実の解説・SF入門は、「宇宙人はいるか」というテーマです。
でも、せっかく「なぞの転校生」でパラレルワールドをテーマにしたのだから、パラレルワールドを取り上げて欲しかったですね。
なお、このジュヴナイル小説は、1975年の11月から12月にかけて9回にわたってNHK少年ドラマとしてテレビ放映されており、ビデオ化もされているそうです。
※(NHK少年ドラマシリーズ版の感想はこちらです)
2001.12.9(日)
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