最近読んだ本より
宇宙人がせめてきた――パニックものがたり
中尾 明・作
鈴木博子・絵
岩崎書店 1986年4月4日発行
私のHPのことを知っている上司が、娘さんが図書館で借りたこの本を紹介してくれたものです(ありがとう。面白かったよー)。
「愛と勇気のノンフィクション」(A5判、80ページ 小学校中学年向、岩崎書店)の第9巻です。
このシリーズには他に、『忍者ものがたり』『少年宇宙飛行士』『宇宙船がやってきた』『UFOふしぎものがたり』など、興味深いラインナップです。また、『おかしの国へようこそ』『サンタクロースってどんな人』『サッカーものがたり』『カレーライスものがたり』など、子どもたちが喜ぶツボをおさえています。
私が小学生の頃は、こういったノンフィクションものは、それこそしゃちほこばった硬いテーマの本が多かったように思います。
例えば、もっと対象年齢は上でしたが、『死の川とたたかう』というのを今でも覚えています。
それは新潟県神通川流域のイタイイタイ病を扱った、重ーい本でした。
また、近現代史、特に戦争をテーマにしたシリーズも複数出ていました。
だからその気さえあれば、小学生の時点で第二次世界大戦のことを知れた世代ですね。
今、子ども向きのこういった硬いテーマの本は出ているのでしょうか。
売れない、読まれないといった理由で出せないというのなら仕方ありません。
しかし、知は力なりとはよく言ったもので、そのような読解力や正しい歴史認識が低下することが、失敗の歴史を繰り返すことにつながるのではないでしょうか。学ぶことは、平和と民主主義を守るためには必要です。
……また脱線してしまいました。この本は、そんな難しい野暮な話抜きで楽しめる、面白い本です。
この本は、1938年10月30日の夜に、全米120万人をパニックに陥れたラジオドラマ『宇宙戦争』事件について扱ったものです。言うまでもなく、『宇宙戦争』とは、H・G・ウェルズが1897年に描いた、あの、古典SFです。
作者はSF作家でもある中尾明さん。SF作家だけあって、ラジオドラマと、それと同時進行して巻き起こる全米パニックとを迫力ある筆致で描いています。まるでパニック映画『全米大混乱・1938宇宙戦争』です。
当時、毎週日曜日、アメリカのCBSラジオが午後8時から9時まで「オーソン・ウェルズとマーキュリー劇場」という番組を放映していました。
この番組でウェルズの『宇宙戦争』を、小説の舞台をアメリカに変え、ニュース実況の形にドラマ化して放送したところ、これを聞いた人が本当に火星人が攻めてきたと思い込み、大騒ぎになったというものです。
この大事件については有名な話で、子ども向け『宇宙戦争』の解説には、必ずといっていいほど紹介されています。
私も、今後当HPで紹介予定のあかね書房版『宇宙戦争』を読んだ後、解説でこのことを知り、面白く思ったものです。
ただ、なんで多くの人がラジオドラマを本当のことと思い込んだのか、不思議だったことも確かです。
今回、この本を読んで、その疑問が解決しました。
作者の中尾明さんは、全米の人々がラジオドラマを現実のことと思い込んだ理由をいくつか挙げています。
まず、ラジオドラマのディレクターのオーソン・ウェルズが、一般的なラジオドラマという形で放映せずに、ニュース形式でドラマ化したことを指摘しています。実際にレポーターが現地報告しているように演出されているのです。
その上、アメリカ国務長官が特別放送を行うという演出を入れる凝り様。最初から紛らわしくされていたのです。
これじゃあ、無理もないわ。
また、丁度幽霊が現れると言われているハロウィンの前日に放映されたことも影響しているようです。
さらに、当時、火星に運河があるとか、火星人がいるのではないかと論争されていたことも挙げられています。
しかし、火星探査の歴史によると、実際は火星人肯定派は分が悪かったようです。
火星人の実在を信じ、主張した天文学者に、パーシバル・ローウエル(1855−1916)がいます。大きな天体望遠鏡を作って火星を観察し、火星に運河があると言い出し、運河の地図まで作ったた人です。当HPとしては、実に興味深い方であります。
そういえば、私が子どもの頃放映された、『第三の選択』、こわかったですねー。当時の二大国のアメリカとソ連が極秘のうちに火星開発をし、核戦争後の移住に備えている!という内容でした。火星の生物らし
きものが地中を進む映像が証拠映像として放映されました。
しかし最近、ビートたけしさんのテレビ番組で、これはハロウィンならぬエープリルフールの日にイギリスで放映されたテレビドラマだったと知らされました。私もだまされました!これは、アメリカの人を笑えないな。
アメリカの人々が火星人襲来のラジオドラマを信じてしまった理由は、まだあります。
当時アメリカはナチスドイツと対立しており、いずれ戦争が起こると思われていました。その不安の心理が火星人やドイツが攻めてきたというデマを信じさせたとも説明されています。
さらに、このデマを信じた人々は、あの有名なウェルズの『宇宙戦争』(40年ほど前の作品です)を読んでいなかった、とも説明されています。もし読んでいれば、これはあのSFをドラマ化したものだと気付いたはずだと中尾明さんは説明されています。
だからSFは読まなくちゃいけないんだ。……とはいえ、実際のところ、当時だまされたアメリカの人々が『宇宙戦争』を読んでいたのか読んでいなかったのか、また、この中尾説が正しいかどうか分かりません。
しかし『第三の選択』やノストラダムスにだまされていた私の経験から想像すると、もし私が当時アメリカの住人であったと仮定して、『宇宙戦争』を読んでいたとしても、「ほら、やっぱりウェルズの小説は現実に起こったじゃないか」と、余計に信じていたかもしれません。
実は私は、歴史や思想には強くて、平和や民主主義を守るための知識や批判的精神は持っているつもりですが、なぜか宇宙人とか謎の未確認生物、といった関係には甘くて、信じたくなってしまうのです。これって、科学に弱いド文系ってこと?一応、四年制国立大学の理系学部を出ているのですが……。
もう一つ、中尾明さんは、人々がだまされた原因として、大事な要因を挙げています。
それは、ラジオで聞いたことを本当かどうか確かめなかった、ということです。
放送局や新聞社、警察などに電話で確認すれば、すぐに本当かどうか分かったというのです。
これは非常に大事な指摘ですね。緊急事態でも冷静に慌てず行動するのはいかに大事なことか。
しかし現実に自分がその立場に立たされるとどうなるか。気をつけたいものです。
このラジオドラマのディレクターは、オーソン・ウェルズ。当時まだ23歳。その後俳優として大成し、『第三の男』や『市民ケーン』などで有名。日本では、英語教材の先生としても知られています。
この“宇宙戦争事件”では、経済的被害を受けた人々から訴えられ、批判されましたが、やがてディレクターとして、俳優として一流と認められるようになりました。
なお、この火星人パニック、120万人の人々を巻き込みましたが、奇跡的に死者は一人も出なかったそうです。
最後に中尾明さんは、SF作家らしく、現在の日本人にとって恐ろしいシナリオを描きます。
「富士山が爆発する!」「東海大地震がおこる!」「ヨーロッパで、核戦争がはじまった!」といったドラマが放送されても、冷静でいられますか、と問いかけます。どんなニュースをきいても、落ち着いて行動することが何より大切なのですと本文を結んでいます。
また、あとがきでは、このように述べています。
>これからは、情報化時代です。情報によってパニックがおきやすくなります。そこで、これからの子どもたちは、受験勉強にはげんで、気晴らしにまんがを読み、テレビを見て、コンピューター・ゲームであそぶだけでは、こまります。活字の本を、もっとよく読んで、ものごとをおちついて考える習慣を、ぜひつける必要があるでしょう。//
なかなかユニークな名作ですが、残念ながらこの本は絶版となっております。読みたい人は、公立図書館で捜せば見つかるかもしれませんから、職員に聞いてみてはどうでしょうか。
なお、全米にパニックを起こしたこの問題のラジオドラマ、日本の語学中心の出版社・ユニコムから、CD化されて販売されています。
2001.2.29(火)
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